ミソラノオト

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15分

夫の仕事部屋でごろごろしていたら
いつの間にか寝ていた。
夫の部屋は防音室で静かなので
眠くなるのだ

夢の中
知らないお家の前を家族3人で歩いていた。

息子はまだ2歳くらいで、よたよたと歩いていて、
当時大好きだったトーマスの服を着ていた。

親子3人で歩いている、という
それだけの夢だったけれど
目を覚ました時は
からだの中に幸せがいっぱいに詰まっていた

そういえばトーマスの服、着てた頃あったなあ

忘れていたけれど
あんな些細なことも
からだのどこかでは憶えているものなんだなあ

部屋で仕事をしていた夫に
「いま幸せな夢を見たよ」
と言い始めて、それを説明しようとするけれど
からだの中に目一杯詰まった幸せな空気のせいで
それ以上言葉にできず
ひとりでほろほろと泣いた

私が死ぬときには
きっと息子が小さい頃のことを思い出すだろう。
その頃はきっと大変で仕方なかったはずなのに
過ぎてしまうと、本当に大事で特別な時間だった。
たとえばこれから
どんなに幸せな環境やゴージャースな出来事がやってきても
思い出すのはあの時間だろう、
そう以前から感じていたので
その「死ぬときには見るであろう映像」を
先に見せてもらった気がした

本当になんてことない時間だったけれど
しあわせな光景だった


少し落ち着いてから
ひょっとして・・私、ちょっと死んでたんじゃないかしら
と思い、
同じ部屋にいた夫に聞いてみると
いや、死んでなかったと思うよ
と言う。よかった。

いや、でも
確かに何かは死んだ気がする。
そうしてまた生きてる。
わずか15分くらいの転換期。



後から姉たちに
こんな夢を見てしあわせだったんだ、
と短いLINEをしたら
「死なないから大丈夫よ」
「それは長生きするって夢だから大丈夫よ」
と返信が来た。

ひょっとしたら私、
こんな夢みて死ぬかもって思ってると思われてる?
と思ったけれど
それならちょっと違う

思えば私はどこかで
「死ぬ間際には愛しいものに会えるご褒美が待っている」
を心の拠り所にしているところがあった。
先に旅立った友人に、父に、猫たち、好きだった人たちに。
でも、愛しいものは
いつだってどこでだって自分と一緒にあるのだ。
だから死ななくたって大丈夫
生きていたって大丈夫
私の中に目一杯に詰まったしあわせの記憶に
そう教えられた気がしている












新生活

⭐︎ 携帯のメールアドレス変わりました。
 (電話番号は変わりません)
 各々にお知らせメールを送りましたが
 もし届いていない時はこのブログにメッセージください。
 



変わったのは携帯だけでなく、
なんと!この1週間 あれよあれよな流れがあり
引っ越すことになりました

それまで、引っ越したいと言いながら
なかなか条件に合うところがなくて
いや、私がトラウマ並みに物件探しが苦手なこともあって
後回しにすること12年・・
12年ですよ!!

なのに、思いついて4日後には契約に至るのだから
決まるときは決まるのですなあ

この引越し、
何かの計らいが動いているとしか思えないくらいの
ミラクルが重なりとんとんと決まったのですが
このミラクル中に
いかに余計なことを考えずに「流れに身をまかせる」か
いかに不安に引きずられずに「流れにのるか」
なんというか
「自分の心の置き方」が
身をもっていろいろと勉強になりました


物件の引き渡しは明日の2月1日で
届いたメルマガによると
大開運日なのだとか
うれしい!

うれしい春の始まりです


花咲かじいさん

湯島天神の「鷽替え神事」に行ってきました。

お目あてはこの日のみ授与される、木彫りの鷽

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災厄、凶事などを「嘘」にして幸運に替える
除災招福のお守りなのだそう


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湯島天神さんの扉。牛と梅


お参りしていた時にやってきたエネルギーは
花咲かじいさんみたいでした。
明るくて朗らかで気前がいい。
へー、おもしろい、と思ってから気がついたけど
ここは受験生が沢山やってくる天神さま。
みんな花咲け、努力よ花咲け
と神さまも応援しているのだなあ。

(以前豊川稲荷に行ったときにも
 しゃらしゃらと景気のいい空気が流れていたことを
 思い出しました こちら  )
 

お参りと
友人と湯島〜浅草界隈をガシガシと歩き回ったおかげで
体の中の澱んだものがスッキリした気がする
やっぱり体を動かすのって大事ね





返事

亡くなった父の写真の前に
時々、好きだったコーヒーをお供えするのですが

最近私はあることでゴチャゴチャと悩み迷っていたので、
こんなんじゃ 父もあの世で心配するのではないか、
と、手を合わせながら心が痛んだ。

落ち着いて考えれば
父が「いつまでグズグズしてるんだ!」「情けない!」
なんて思うはずがない。
父は父で もうあちらの習いを満喫していそうだし、
もしこちらの世を思うことがあったとしても
子を、情けない!と憂いたりする人では無かった。
私が勝手に罪悪感を募らせているだけで
それが一層グダグダな悩みに拍車をかける


お父さん、なんだかグズグズしてる姿ばっかり見せてごめんね、
と思いながら
そうそう、お茶菓子も付けましょ、と
袋の中からランダムにお菓子を取り出し、一緒にお供えすると


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父から返事をもらえた気がした







雪みち

朝、息子に

今日は雪道で靴下が濡れるだろうから
替えの靴下を持って行きなね

と言ったけれど、持って行かなかった。

嫌かもしれないけど、新聞紙持って行きな
濡れた靴の中に入れておけば
帰りには乾くから!

と置いておいた新聞紙も
当然のようにスルーされていた

まあ!!と思っているところに母から電話が来たので
そのことを話すと、
あんたも何回言っても持って行かなかったよ、
と。

自分のことは忘れてしまうのだなー

そりゃ学校で靴に新聞紙入れるなんて
イヤだよね

ではお若い方は靴が濡れたらどうしているのだ?と
自分が学生の頃の記憶を掘り起こしてハッとした。

恐ろしいことに
帰りに濡れた靴を履くのすら楽しかったのだ、あの頃は!

今なら「濡れた靴履くなんて、命取られっちまうよ!」ってぐらい
気持ちと体にダメージだけれども
学生の頃は
わー濡れてて気持ち悪い〜と言ってはゲラゲラと笑いあい
冷えた冷えた!と大騒ぎで家に帰っては
おばあちゃんが用意してくれていた風呂に入ったり
コタツに入ったりしてたんだろう
(そして母が靴に新聞紙丸めて入れてくれたりしてたんだろう)


なんて守られて、そして元気な時間!


そうして今度は私が、
息子の靴事情の心配をしたり
帰る頃に合わせてお風呂をセットしておいたりしている。
こちら側はこちら側で、なかなか幸せなものだ。

風邪が心配とか尽くすのが好きだ、というわけではなく
もっと単純に
愛だなあ、と思う