ミソラノオト

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ココア

友達と入ったお店のココアが妙に美味しくて、
保育園の頃を思い出した

保育園のおやつは いつもココア(+かりんとう とか)

牛乳の膜がうすーく貼ったココアが楽しみだった
・・ってことを何十年ぶりに思い出しました


私はあまり保育園生活が好きでは無かったので
(お昼寝の時間が苦痛だった)
思い出が無いように思っていたけれど
ちゃんと嬉しくて美味しい思い出があったことに
ちょっとビックリ
うれしい。

うれしいことは
忘れていたって、何年かたって ひょっこり思い出すこともあるのだな


ココアといえば

介護の仕事で4年くらい通った、ひとり暮らしのおばあさん。

私が担当するのは月に5、6回だけれど、
行くといつもニコニコと迎えてくれて、
食事作りや病院の付き添いの仕事が終わると
いつも「ありがとうね」とココアを出してくださった。

おばあさんの作るココアはいつも甘過ぎたけど
でも、とっても美味しかった


そのおばあさんもだんだんと認知がひどくなり
妄想話をするようになってきた。

何度もくり返す夢の出来事みたいな話を
頷きながら聞いていたけれど、
その話がだんだんと物騒なものへと変わり
暴言を吐くようになってきた


あのいつもニコニコと穏やかだったおばあさんが


認知が進んできたのか、薬の副作用のせいなのか。
これからどうしたら良いのか
何度も医師・後見人・介護者で話し合い
結果おばあさんは施設に入ることが決まり
介護の契約は終了になった


暴言がひどくなったのは
このひと月くらいだったけれど、
結構なエピソードがあって
正直なところ、行くのが気が重いときが多々あった。

でも、そういった気持ちに人は敏感だ
そんな気持ちもおばあさんは察知し 怒りに火がついてしまうから
フラットな状態で向き合えるよう
おばあさんの家のそばの神社さんで手を合わせてから
仕事に向かったりした

でも、やっぱり手を振り上げられれば震えるし
暴言を吐かれれば傷つく

あっというまに
4年の穏やかな時間のうえに
「暴言や手をあげられた時間」が上書きされた

今でもそのおばあさんのことを思うと
胃が痛む。
でも
おばあさんの本質は甘いココアで
あれは生きているなかで訪れたそういう時期、なだけ
と思いなおす

仕方ない仕方ない、生きていればそういうこともある
と何度も思う

でも。


勝手な話だけれど、
出来れば、もう会う事のないおばあさんを
穏やかなときの姿で記憶したいと思うけど、
今はまだ近い日の記憶が体に染み付いて
心も体もぎゅっとなる
選べない「老い」の形に切なくなるし
先の道が怖くなる。

でもそれもまた、仕方がないんだろう


いつかまた
甘いココアであたりまえみたいに
おばあさんと笑った日の記憶が
戻ってきたらいいのにな





























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